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こどもの言語力をどう伸ばすか
日経 Kids + (キッズプラス) 2008年 03月号 [雑誌]
日経 Kids + (キッズプラス) 2008年 03月号 [雑誌]

この本を、ちーちゃんの点滴の時に、病院にて読みました。
私がとても興味を持ったのは、国語力のところの「宮川俊彦」さんのコラムです。
それほど長いコラムではないのですが、その内容に惹きこまれるものがあり、早速ネットで調べてみました。
「WEBミヤガワ」
「日刊ミヤガワ」

この日刊ミヤガワという論評マガジンが面白くて、過去にさかのぼって読んでいます。

子どもの言語をどのように伸ばしていくか・・というのは、私の課題でもあり、(超)文学部の母親に育てられ、自分も国語が大好きで育ったとう環境もあり、言語という観点から見た、子どもの発達は非常におもしろく、興味があります。
まっさらな状態から、言語を習得していく子どもの様子をみていると、まさにそのものが学問的だなと・・いつも感心・感嘆しています。

この日経キッズの表紙の「早期教育とスロー教育」なんていうテーマ自体が、私は野暮だと思うので、たいして興味はなく、この宮川さんが提案したいであろう内容も、そんなテーマでとどまるようなものではありません。とどまるというか、そんなテーマは相手にしないというか・・・。

例えば、「いす」「はさみ」「つくえ」「のり」「テープ」「鉛筆」などのたさくんの名詞を子どもが覚えてきたら、そこに「道具」というカテゴリーをいれてあげる。
例えば、「トマト」「キャベツ」「なす」「かぼちゃ」などの名詞のなかに、「野菜」というカテゴリーをいれてあげる。
そういうことで、子どもの言葉の世界がぐんと広がる。
と書いてありました。
こうやって簡単な例が示してありましたが、もっと突きつめていけば、もっともっと奥が深そう。このカテゴリーわけも、どんどん高度なレベルまであるわけで、まず私がそれほどの語彙を持っているかが問われますね。

そして、今の子供達は何をみても「かわいい」としか表現しない。何を感じても「楽しかった」としか表現できない。と書いていましたが、まさにその表現力の乏しさは私達親自身への警告ですよね。
私達自身が豊かな表現力・言語力を身につけていくことと、やはりすばらしい言語に出会える、絵本・本・劇などと触れ合う機会をたくさんつくること。

そう考えていると、やっぱり育児って楽しくて奥が深いなぁと思うのです。

また、宮川さんの本を図書館で借りてきて、読んでみます。
その感想を報告します!
| 発達をまなぶ | 08:04 | comments(2) | trackbacks(0) |
とにかく大変!3歳児。
1日のうち、6割は怒って泣いているコトちゃん。
私も、今ままでの育児の中で一番大変な時期真っ只中です。まさに私も正念場。

これは、赤ちゃん返りとかではなく、まさに3歳児の発達の大きな節目でしょう。

まず、大変なのがひどいこだわり。
2歳までのように、単純なこだわりではなくて、3歳児らしく物事を筋道をたてて考えられるようになり、予測もつくようになったので、さらにこだわりが複雑になってきました。
大人の私にはそのこだわりのポイントが複雑すぎて、把握・推察しきれなくなり、彼女の地雷をふみまくっているようです。

うがいのコップの水の量が多いと言っては泣き、
顔を洗う回数が1回じゃなかったと言っては泣き、
自分のタオルが濡れいていたと言っては泣き、
服に牛乳が少しついたと言っては泣き、
3つに分かれたお皿を使っているのですが、たとえばご飯がとなりのおかずの領域にはいってしまったと言っては泣き(こういう時は、ごはんをくちゃくちゃにして投げたりする・・)
オクラはとんがり帽子(オクラの先端のほう)から食べたかったと言っては泣き、
寝るときの下に敷くタオルが、寝て動くとすぐにくちゃくちゃになると言っては泣き、
タオルを敷く順番が違うと言っては泣き・・・
書き出したらきりがないのでこのくらいにしておきますが、とにかく日常の些細なことで怒って泣いてばかりいます。

「自分でこうして、こういうふうにしたい」という確固たる信念があり、そのとおりに物事が進まないと大激怒です。
私がちょっと手をだしたりして、それが自分の考え(やり方)と反していると、それでもうすべてのことがガラガラと音をたてて崩れていくようで、なかなか立ち直れません。
そのくせ、絶対自分でできることでも、まだまだ甘えたいので「ママやって!」「ママ抱っこ!」です。

こだわりと同じだと思うのですが、とにかくママ命です。
これは新生児のときから全く変わらず。
未だに、お風呂から出てタオルで拭くことも、ドライヤーで髪を乾かすことも、服を着せることも、歯磨きするこことも、牛乳をコップにいれることも、その他もろもろ、断固として「ママじゃなきゃ嫌!」です。
パパはいても出番はなく、おじいちゃんやおばあちゃんでも拒否。(でも、中ではおばあちゃんだったら、やってもらってもいいこともあるようです)
パパ方のじいじ、ばあばに関しては、一緒に散歩に行くことすら拒否しています。
なので、パパがいても、結局は私がひとりで全部することになり大変です。
朝の忙しいときくらい、私が台所にいるんだから、牛乳くらいパパについでもらってよ!!と怒りたくなるのですが、そこで無理につぐと、また大号泣で、朝食を食べることすらボイコットです。

自我がかなりしっかりとしたものになり、コトちゃんなりの世界(考えややり方)があるのはよく分かるのですが、それが大人の生活からすると、変なことばかり。
それに、まだそれを表現するところは未熟。
私達が、なかなかそこにゆっくりとつきあってあげられないし、それを推察できないので、そこが大きな摩擦になっているんでしょうね。

でも、やっぱり彼女はいろいろな点で過敏すぎる気がします。。。
はぁー、昔からその部分は、私の課題だと思って育児しているのですが、あまり変わってないかなぁ。。。そう簡単に答えがでるようなことでもないと思いますが。

その点、ちーちゃんはお腹が空いたとかウンチがでたとか、とても眠いのに寝れないとか、そいういうこと以外は本当におとなしくて、穏やかな子です。
ギャーギャー泣き喚くお姉ちゃんの横で、手足をバタバタ動かして、目が合うと、いつもニコーッと満面の笑みをくれて、コトちゃんとのやりとりで疲れている私を和ませてくれます。
まさに、この姉にしてこの妹。。という感じなのかもしれません。
でも、カミサマは人には乗り越えられるだけの試練しかあたえないというので、きっと私に、すごい大変なタイプの赤ちゃんを授けたら、私が乗り越えられないと思って、ちーちゃんを授けたのかな?と思っています。

それにしても、こういうドタバタな1日の終わりに、二人の娘の寝顔を見ていると
コトちゃんには
「私の対応がもっと違ったら、もうちょっと泣かずにいれたかな?ごめんね。。。」と思い、
ちーちゃんには
「また今日もあんまり向き合ってあげられなかった。ごめんね。。。」と思うのでした。

******
コトちゃんは、とてもとても手がかかり大変だけど、言葉がどんどんと発達し、いろんなお話しができるようになり楽しい部分もたくさん増えています。

最近の会話:
「ママ、夕焼けがきれいだね。おひさまがバイバイしているよ。夕焼けこやけだね」
♪ゆうやーけ、こやけーの♪と歌いだし、
「ねぇ、ママこやけってなに?」

ある日の夕方
「ママ、風さんがぴゅーって吹いているよ。気持ちいいね。もうすぐ涼しくなりますよ〜って言ってるね」

「ママ、ちーちゃんかわいいね。ちーちゃんは、大事な大事なみんなの赤ちゃんだね」

「こっちゃんね、大きくなったら保健師さんになるの!どうやったら保健師さんになれるの?保健師さんの次は野球の選手になるの!野球の選手の次はプリキュアになるの!」

コトちゃんとの会話は、もうすっかり人間らしくなり、彼女に見えている世界、彼女が感じている日常を知ることができて、とても楽しいです。
| 発達をまなぶ | 23:30 | comments(11) | trackbacks(0) |
こどもの育ちを考えた保育制度とは?
帰ってきた保育園のバックをみると、おお〜きなツタの葉っぱ!
ツタの葉っぱに目がふたつ、口がひとつくりぬいてありました。
今日は天気がよかったので、ちょっと遠くまで散歩したそうで、そこでたくさんの葉っぱに遭遇!みんなでオバケの葉っぱ〜と言って遊んだそうです。
道端に咲き始めた小さな花を摘んで、他のお友達に(ちょっと小さい子)「はい、お花あげる。ちゃんとお手手ぎゅーってしていてね」とプレゼントしたそうです。

こんなに楽しい園生活ですが、私の産後2ヶ月までは園に通えますが、それ以降は私が育児休暇にはいるので保育園は辞めないといけません。
コトちゃんは4月で3歳ですが、学年では2歳児クラスです。まだ未満児なんですよね〜。4月生まれは未満児の期間が長いです。

コトちゃんの通う保育園は3歳未満だけの園なので、せっかくここまできたので、卒園式まで通わせてあげたかったというのが正直な気持ちです。
これほど、いい先生やお友達に恵まれ、毎日豊かな保育環境の中でのびのびと生活しているのに、突然あかちゃんと私とだけの生活になってしまうのは可愛そうです。
しかも、何回も言いますが、彼女は4月生まれ。
もう十分に集団生活をしなければならない月齢に達しています。

このあいだ迎えに行ったときに、コトちゃんが0歳児だったときの担任の先生にも「コトちゃん辞めちゃうのはもったいなよね」と言われました。
その先生は、前年度は0歳児。
今は一番大きい2歳児の前半生まれの子達のクラスの担当をしています。(4月からコトちゃんがはいるクラスです)
「今のクラスをうけもっていると、やっぱりもう皆大きいから、集団での生活は絶対必要だなぁって感じますよ〜。お母さん(私のこと)、産後3ヶ月くらいで復帰して、下の子も預けて、コトちゃんも辞めずに通ったら?その方が、コトちゃんにとってはいいと思うし、小さいあかちゃんでも皆すくすく育っているから、大丈夫よ」と、真顔で言われちゃいました。

この先生、本当に子どもをよく見て、柔軟に多角的に保育してくださっていい先生なんです。言葉に重みがありますよ。

でも、さすがに産後3ヶ月の復帰はできないので、コトちゃんはやっぱり辞めざるえないです。待機児童を減らすために、大人の都合で子どもの入退園を決めるなんて、まさに制度的な都合(市の都合)だと思いますし、本来の子どもを育ちなんて全く考えていない、今の国のやりかたそのものだと思います。
かと言って、今の制度のまま、じゃあ育児休暇中も保育園に通えます・・と言われても、育休中の私に月6万円の保育料はキツすぎる。悲しいけれど。
こういう現状を体験すると、本当に育児しやすい、子どもの育ちのための制度がととのった、国になんて、当分ならないだろうなぁと・・ほとんど諦めの気持ちです。
今度の4月から本格的に始動する、幼保一元(一体化?)のこども園だって、国のなるべくコストをさげて、なんでもいいから子どもの預け場所を増やそうというのがミエミエですよね。
コストをかけないようにする場所が絶対に間違っていると思います。

自分の勤めている市も、また数年後に公立保育園を民営化(正しくは公設民営)する方針を決めましたが、その会議に上る議論は、お金のことばかり。。。
その保育の中身なんて全く議論されていません。
公務員だって、今は勤務評定される時代ですから、極端に言えば、予算を削減すればするほど評価が高くなるのです。
その評価の仕方自体がおかしいのですが、保育の質なんて、なかなか点数をつけて評価できないので、結局は数字であらわせることのほうが説得力があるのです。

前回、民営化した保育園も、経済的には成功だったかもしれませんが、私達現場の者から言えば保育の内容はかなり悪くなっています。先生の質も。
自分の子どもは行かせたくない園になってしまいました。
でも、情報の少ないお母さん達にはそれが、はいってみないと、見えてこないんですよね。いや、はいっても普段の様子を見る機会はないので、ほとんど分からない。
将来、市をしょってたつ子どもたちの未来がかかっているのに。
とっても甘く見すぎていると思いますよ。

この失敗があるにも関わらず、またもうひとつ増やそうとしているのです。
私は民営化が問題というよりは、保育内容がしっかり吟味され、確保されたうえでの民営化でないのが、問題だと強く思うのです。
こういうのは市長の意向が大きいですね。今度市長選があるので、そういう意味でちゃんと考えてくれる市長が当選して、少し流れが変わってくれることを期待しています。
市民の皆さんは、ちゃんとそういうこともわかって投票してほしいです。

例え民営化になるとしても、よりよい保育を提供してくれる団体が運営してくれるようになりますように。コトちゃんがはいっている園も私立ですが、ここはとてもいいところです。公立のよさは、やっぱりかなりあると思うのですが、私立だって全国を見れば、(公立以上に)すばらしいところがたくさんあると思うので。


8月頃からはコトちゃんはおうちで過ごすことになります。
せっかくなので、おうちでしか体験できないことをいろいろさせてあげたいと思います。それと、近くに野外自主保育をしている団体があるので、そこに通えるのなら、親子で通いたいなぁとも思っています。
赤ちゃんが産まれるので、今のように自由には動けなくなるので、どうなるのか、ちょっと未知なのですが。。。
| 発達をまなぶ | 13:02 | comments(4) | trackbacks(0) |
言語の発達&読書記録
ここ最近、ぐーんと言語が発達し、本当に自然に会話ができコミュニケーションがとれるようになってきました。
簡単な言葉に言い換えなくても、伝わることが多いですし、2歳とは思えないような語彙でちゃんと言葉を返してくれます。
動詞の活用や接続詞の使い方も的確になり、本当に日本語らしくなってきました。
自分はこう思うので、この時こう思ったのと、泣いた理由、怒った理由、うれしかった理由なんかも、まわりの人に一生懸命言葉で伝えようとしてくれます。

日常会話であまり使わないような語彙を、おしゃべりの中で使うのは、絵本の影響が大きいでしょうね。
これだけしゃべれるようになると、日々の会話は本当に楽しいですし、言い方は変かもしれませんが、対等に人間としてコミュニケーションがとれ、今までとは違う感覚で接するようにもなっています。
やっぱり、人間の進化の段階で「言葉」というのは非常に大きな意味があるなぁと、あらためて感じる日々です。

******
今日の読書記録
ぶたぶたくんのおかいもの
ノンタンいもうといいな
ねずみくんのたんじょうび
うんちっち
いやだあさまであそぶんだい
チリとチリリうみのおはなし
ふくはうちおにもうち
ノンタンでかでかありがとう
Pigs(CTP絵本:Fan&Fantasy 1B)
What Do You See?(CTP絵本:Fan&Fantasy 1B)
| 発達をまなぶ | 20:43 | comments(3) | trackbacks(0) |
2歳〜3歳の自我の育ち・反抗期をこう考える
3歳も近くなり、コトちゃんはますます人間らしく、知恵がついてきました。
今までは快・不快に近い単純な感情で行動したり、要求することが多かったのですが、最近はもっと複雑なところで要求を出してくるようになっています。
そして、その要求が通らないと、次々と目先をかえ、あれこれと要求し、それが通らないと親が一番嫌がる方法で逆襲してきます。

食事でも自分が要求したものがでてこないと、例えば「パンをちょうだい」と言うので、今日はパンはないからごはんね、と言ってごはんと野菜を出すと、それを皿ごと下に投げつけたり、中身をひっくり返したり、それでもパンがもらえないと、次はテレビが見たい、傘がほしい(家の中で傘を振り回すので危ないので、傘は家の中ではさせない)、バンドエイドを際限なく欲しがったり(最近バンドエイドをはるのが好き)etc・・・そして、それが通らないと、ひっくりかえって大泣きはあたりまえで、おもちゃのレゴバケツを豪快にひっくりかえしたり、つみきを窓やテレビにむけて投げたり、たたんだばかりの洗濯物を放り投げたり、本を破ろうとしたり・・・。
その時その時に、一番やってほしくないことを、とてもよく分かっているのです。ほんとうに賢い。
今は保育園から帰るときに、保育園のおもちゃを家に持って帰ると言って聞かず、いつも帰るのにものすごい労力を使っています。
めちゃくちゃやって、パパに強く叱られたって、全く負けません。自我の強さ&気の強さはピカイチです。
私によく似ているんだと思います(苦笑)。

以前のようにひとつの要求が通ったら満足するということではなく、ひとつ要求が通ると、その次その次と、どんどんと高い要求をだし、以前通ったことのある要求は、かなり時間がたっても覚えていて、その通りにできないと怒ります。
人間らしくなっていますよね。
親も0歳〜1歳の育児の感覚では到底ついていけません。私が思うより、コトちゃんもずっと成長しているのです。
ただ、やはりまだまだ2歳児。
かなり一丁前のことをやり、言い、理解しているように見えますが、実はまだまだ分かっていないことの方が多く、心から強く突き上げる自分の感情をうまく伝える言葉も、その感情を理解する思考も不十分。
それなのに、ついつい年齢以上のことを親は求め、期待してしまうのかもしれませんね。
それがきっとイライラにつながる。

コトちゃん達2〜3歳児と向き合う、一番のコツ・・・
それはやはり「待つ」ことしかないのかもしれません。
一番大変なことですが。
0歳〜1歳のようにその場その場で適当に親がご機嫌をとっていればいい段階は越したとも思います。
感情のバクハツは激しいですが、それでもじっくりじっくり待てば、そのうち私の言葉を聞いてくれます。
自分でもやっていいことと悪いことの善悪はそれなりに分かっていて、どうすればいいのかは、それほど私が大声を出して怒鳴りつけなくとも(もちろん危険なことや許されないことは怒ってます)、判断できたりするのです。
静かに待って向き合えば、自分の中でどうするべきだったのか、もしくは自分の要求が全て通らなくても、その中で一番いい方法を見つけようとしているように見えます。
そしてそれは、私達大人との関係だけでなく、保育園の中での子供同士での関係の中でもよく見えてきます。

そう考えると、全てを満たしてもらえた赤ちゃんの時代から、少しずつ子どもへと成長していく事は、全てが思い通りにならないことを知っていくことで、ちょっとせつないことなのかもしれませんね。
そして、私達親も、コトちゃんが自分達の付属したもののように、何でも思い通りならないのだと、全く別の人間であるのだと思い知らされていく過程なんでしょうね。
この過程は親にとってもとても重要な意味があると思います。

我の強いコトちゃん。
彼女のいいところです。私はそう思ってます。
これから成長する上でたくさんの人と関わり、学校や組織にはいり、社会にもまれ生きていくために、その我の強さは絶対必要です。
踏まれても踏まれても、それでも顔をあげ、グンっと立ち上がる、強さを持つ人になってほしいです。
そうなってほしいけれど、この我の強さ、一歩間違えると裏目にでそうです。
どう育てていくか、私達もちゃんと考えていかなくてはいけませんね。
大変そうだけど、育児し甲斐がありそうです(笑)
| 発達をまなぶ | 16:29 | comments(2) | trackbacks(0) |
トイレトレをどうすすめるか?〜我が家の場合
トイレを好きにさせるには?
トイレトレをお互いに気持ちよく進行していくためには?
我が家の場合の取り組みが参考になればと思うので、育児記録も兼ね紹介します。

****
我が家は最初からずっと紙オムツ使用です。
1歳の時に保育園で布オムツを勧められましたが・・・ここまで紙できたから・・と思い、断って(爆)、紙オムツのままきました。

保育園では1歳4ヶ月くらいからは、トイレトレーニングが始まっていて、嫌がらないときはオマルに座っていたそうです。

うちで、オマルに座らせるようになったのは、1歳10ヶ月くらいだったような気がしますが、本格的にトイレトレを開始したのは、2歳の夏(2歳3ヶ月)です。
暑くなってからは、保育園では午前中は布パンツ(トレパン)、我が家では休日、うちにいるときは布パン(薄いパンツ)にしていました。
もちろん、オシッコがでると床も汚れますが、「オシッコでた」と言うようになりました。

まず最初は、トイレに座るという練習です。
でることを期待するのは、親も疲れます。。。(苦笑)
まずは、座らせることが目標。

オマルとトイレの補助便座とふたつ購入し、コトちゃんの気分に合わせて、好きな方に座らせました。
オマルはアンパンマンでボタンをおすとメロディーがなるものです。
あえて、オマルの位置はおもちゃなどがある場所にしました。
好きなときに座ったり、人形のトイレごっこなどは、早い段階からしていました。
オムツを替える前も、オマルに座らせてから(オムツのなかにでているので、形だけですが・・)替えるようにもしていました。

トイレでは絶対に注意したり怒ったりせず、楽しい場所になるよう工夫しました。
最初のうちは、とにかくトイレにあるものに触りたいので、トイレットペーパーをぐるぐるだしたり、シャワートイレのボタンをあちこち押したり・・と、したいほうだいしていましたが、けっこうやりたいようにやらせていました。
好きな絵本をひとつ持っていって、それをトイレに座らせたまま読んだり。
手遊びや歌遊びをしたり、変な顔遊びしたり。

それが功を成してか、コトちゃんは今のところ、基本的にトイレはとても好きです。(行かない!という時もありますが、あれこれ誘ってみて、それでも嫌なときは無理強いしない)
今でも、トイレで歌ったりしますが、前ほど遊ばなくても、すぐにオシッコ等をして、バイバイできるようになっています。

子供って遊びたいばかりなので、じっと座って「遊べない」「自由に動けない」ことが一番嫌いですよね。あと、ズボンを脱ぐのも嫌だったりする。
その部分をどうトイレトレで楽しく展開できるかが、大切かなぁーと思います。
その子その子で好きなことも、性格も違いますし、親のアイディアもいろいろだと思いますので、自分の一番あった方法で、ゆったりとできればいいかな?と思います。

オムツのとれない子はいないので、あせる必要はないと思いますし、うちはトイレトレ開始からかなり長い時間がかかっていますが、月齢があがってから一気にしたほうが、あっというまにとれる場合も多いと思います。
行き詰ったときは、ひとつ前に戻るというのも必要なことです。
これは、トイレトレだけでなく、育児全般に言えることだと思いますが。
親が目標を高く持ちすぎないで、最初はまず「座れることが目標」とか「オシッコでた?」と聞いたら、でたと言える、もしくはサインをだせることが目標」とか、目の前の細かなことを評価していけるといいですよね。

以前、保育園の先生から教わったことですが、
私が夕方保育園に迎えに行くと、コトちゃんがいつもにもまして熱心に遊んでいて、声をかけても、「やだ!」と言って帰ろうとしません。
なんとか気分をかえさせて、半分無理やり帰ろうと思ったら、コトちゃんのお尻から明らかにウンチの匂い!見てみると、やっぱりしていました。
シャワーでお尻を洗いながら、「多分、コトちゃん、帰りたがらなかったのは、ウンチがでてるよ!って言いたかったのかもしれないね」と先生がおっしゃいました。
あー、なるほどなぁ〜と、私は心から納得しました。
子供って「オシッコがでてるよ」と言わないでも(言えなくても)、それ以外のことでサインをだしているんでしょうね。
ついつい、私が日々忙しく、心の余裕がなく、本当の意味でのトイレトレができていなかったなぁと反省でした。

コトちゃんの心の動きにもっと敏感になり、キレイにすると気持ちいいね、トイレですると気持ちいいね。というあたりまえの感情を、大事にしていかなくてはいけないなぁと思いました。

******
コトちゃんのトイレトレ進行状況です。
土曜日にパパの実家のトイレで初ウンチが成功しました。
オシッコがさせようと座らせたら、しばらく歌をうたったりしていて、そのうちウーンといきみだし、上手にでました。
思わぬ成功で、私もびっくり。
そして、日曜日の夜に、自分から「ウンチでる」と言いにきて、半分はもう紙パンツにでていましたが、急いでトイレに座らせると、半分はトイレでできました。
これまたびっくり。
オシッコがやっとできるようになったばかりで、まだそこまで期待していなかったのに、急成長、急展開です。
まだまだオシッコも含め、パンツにすることが多いですが、確実に成長していて、とてもうれしいです。
これからどうなるか分かりませんが(後戻りすることもよく聞きますので)、楽しくすすめていきたいです。
| 発達をまなぶ | 18:44 | comments(5) | trackbacks(0) |
子供と歩こう!〜歩く大切さ、楽しさ
だいぶ前になるのですが、福音館からでている「母の友」で「してますか?心と体を育てる『散歩』」という特集がありました。
仕事柄、こういう特集には興味があるので、購入して、かなり何度も読み、いろんな意味で「なるほどな」と感動しました。

まず、宮崎県高崎町にある町立縄瀬保育所のお散歩保育が紹介されています。
縄瀬保育所の子供たちは、よほどのことがないかぎり毎日お散歩しています。
乳児のときから、少しずつ歩く散歩をして、4〜5歳になれば4キロくらいの道のりのを1時間ほどで歩くそうです。

草っぱらに寝転び、草の香りに包まれる
いろんな葉っぱのいろんなにおい
つくしをつんだり、てんとう虫を見つけたり
レンゲの花の咲くころは、花の冠にブレスレット作り
草をけって思いっきり駆け回る
転んでも土だから怖くない
靴が汚れたら、はだしの方が気持ちいい
小さな用水路をジャンプして渡る
急な土手を駆け上ったり、壁をよじのぼる
山に行って、気に触れながら、幹の中の音を聞く
じっと耳を澄ます、水の音が聞こえてくる
小鳥たちの声や木の香りまで感じられる
山の空気をいっぱい吸い込んで、ヤッホーと思い切り声をだす
山で見つけたカニを捕まえ、
古い蜂の巣を発見
散歩の中で見つけたものを、すぐに図鑑で調べる
自然をもっと深く知りたいという好奇心が、学習という形に変化していく

雨の日もなるべく傘をさしてお散歩に行くそうです。
幼いうちは傘をさすということ自体が遊びであって、体が濡れたりとか、傘を落としたりして楽しんでいます。

さらにこの保育所の子達は、毎日万歩計をつけています。一人一人が万歩計をつけて歩き、1日歩いた歩数を集計し距離に換算して、日本の旅、世界の旅、宇宙の旅をするという3年間のカリキュラムを組んでいます。
登園してから、帰宅までの5.6歳の子供たちの平均歩数は、1日に1万3千歩。よく歩くと、1万8千歩くらいになり、3歳ですと7千歩くらいだそうです。

文面抜粋
**お散歩は、はじめは体力づくりを目的にしておりました。しかし次第にお散歩を通じて多くのことを同時に学ぶいい機会なのだということが分かってきました。
身体の面で言えば、歩き方がしっかりしてきて、持久力や集中力、バランス感覚も発達します。地域の人との交流も深まっていきます。
万歩計や図鑑を見ようとする気持ちから数字や文字なども読めるようになっています。そして、何より子供たちの基礎体力と五感が磨かれていくのを実感します。***

******
今の時代は、まず親自身(社会全体)が歩かなくなっています。
私の受け持ちの大人の人の健康づくり教室でも、子育て中の一番動くと思われる時期にも、1日平均歩数が5000歩いかない母親も何人もいるということに驚きます。

車やベビーカーなど手ごろなものがあるので、子供は歩かずとも、どこへでも移動できます。外遊びが極端に減り、室内遊び、特にテレビ視聴やゲームなど、じっとしていることが増えていて、歩けない・・歩く力がない子が本当に増えていると思います。

私が就職して、たった8年でさえ、乳幼児健診の様子もだいぶ変わりました。
8年前は10ヶ月検診で、ハイハイ(ズリバイも含む)できないという子はほとんどいませんでしが、今は1回の検診に36人中、必ず数人います。その中で、まだ寝返りができないという子も珍しくありません。
歩き始めも、早い子は早いのですが、1歳5ヶ月〜6ヶ月に歩いたという子も珍しくなくなってきました。
それに伴い、言葉の理解や出始めもゆっくりになってきている気がします。
8年前は、我が市は1歳6ヶ月に1歳半検診を実施していましたが、その時点では絵カードの指差し等、発達的にまだ判断にしくい部分があるので、1歳8ヶ月に検診を実施することになりました。
1歳8ヶ月に変更した時は、ほぼ9割以上の子がスムーズに課題ができるようになり、検診時期を遅らせてよかったね・・と言っていたのに、今ではその月齢でも、指差しなし(家でも)、発語なし(家でも)という子が、またまた珍しくなくなってきています。
もちろん、この子たちの9割は、発達的に障害を抱えているわけではなく、時期がこれば自然と追いついていく子供たちです。
3歳児検診でも同じようですね。特に身辺自立はゆっくりになってきたかなぁと思います。
私はその個々のケースのことを取り上げるつもりではなくて、全体的に発達が未熟になってきていることは、何か時代の流れによる人類のDNAの関係なのか・・・それとも子供の体験・経験不足からくるものか?と漠然と思っていました・・・。

ちょうどそのころ、いくつかの研修に行き、とある著名な先生が、運動発達と精神発達は密接なかかわりがあり、その発達は運動発達が先行する。
ようするに身体の機能(運動機能)の成長なしに、より高度な言語や情緒、精神的な発達はありえないということです。
現在の学生達の学力低下と、体力・運動能力テストの著しい低下はまさに、その根拠となるかもしれない。

******
このあたりの話しを追求しても、難しくなるだけで、何もためにならない?(笑)ので、ようするに、子供と一緒に歩こう〜!ってことです。
犬と一緒に暮らし始めたときも、一緒に散歩して、歩く時間が増えて、すごく気持ちいいな・・と思ったのを覚えていますし、子供が産まれたら、もっと歩くのは楽しくなった。

私もパパも、運動好きなので、体を動かせば気持ちがいいとよく知っているし、逆になにも動かしていないと、余計に疲れる・・・。
毎日毎日忙しく、運動なんてほとんどできていないのが現実だけど、それでも休みの日はコトちゃんとたくさんお散歩したり、普段も、なるべく面倒がらず日常のことをこなしていこうと思っています。まずは、できることからでいいと思うので。

仕事をしていて、若くして病気で障害を持ったり、介護が必要にる人と出会うたび、自分はそうならないように気をつけていこうと思う。
みなさん、30代で2時間も歩けなかったら、70歳になったとき、寝たきりになっている確立はかなり高いと思いますよ〜!

だから、子供のためだけでなく、自分のためにも歩きましょう。

秋はお散歩にはもってこい。
子供と一緒に、秋をいっぱい満喫しましょう〜。

コトちゃんも、最近メキメキと体力&脚力がついてきて、1時間は余力を残して歩けるようになりました。もちろん寄り道ばかりで、距離はそんなに伸びていませんが・・汗
1時間以上歩いたあとも、まだ公園でしばらく遊び、さらに3輪車を長く乗っていたりします(こげるようになりました!)。
2歳になったばかりの時は、抱っこ抱っこで、お散歩も、私にとっては苦痛な時もありましたが、それから数ヶ月しかたっていないのに、別人のようなコトちゃんです。
きっと、抱っこ抱っこから自分で歩きとおせるようになるには、基礎体力がしっかりできることと、精神面での成長も大きいのでしょうね。
我が家の場合は、私たち親の力というよりは、保育園での先生たちの熱心な保育の賜物だと思っています。

昨日も従兄弟のカイくん(2歳)と一緒に1時間超のお散歩をしました。
変なキノコを発見したり。
橋から川を見たり(子供のときパパはこの橋から飛びこんで遊んでいたそうです)。
いろんなお花を見たり。
超急坂を足ブレーキでおりたり。
お散歩中のワンちゃんにさわせてもらったり。
こおろぎやバッタを見つけて触ってみたり。
と楽しみました。
カイくんも、普段は抱っことせがんで、こんなに長い時間を歩いたことは初めてだそうです。ママやおばあちゃんが驚いていました。
これが子供同士(集団)の力でしょうね。
きっと、こうやってコトちゃんも、逞しい子にひっぱられながら、保育園で歩いているんでしょう。

最近、外で見つけたものを、おうちに帰って図鑑で見たがるようになりました。
パパが職場の人からもらってきたおさがりの学研の「幼児のかがくずかん プチカ」。
今までは常に手にとれるところにおいてあっても、見向きもしなかったのに、最近は自分から「こおろぎ こおろぎ」と探そうとします。
昨日もこおろぎとバッタを図鑑で熱心に見ていました。
私に虫について教えられる知識も体験もないのが残念ですが・・・あせあせ
私も一緒に勉強しなくてはたらーっ

学研のHPでプチカを探してみたら、今はもうないのでしょうか?違うものに変わっているのかな?

****
よかったら、子供とのお散歩のことを記事にした時は、トラックバックしてください!もちろん過去の記事でもいいですよ〜。
| 発達をまなぶ | 14:35 | comments(2) | trackbacks(0) |
「私」〜1人称を使い始める時
2歳になってしばらくしてから、コトちゃんは、自分のことをさかんに「私(わたし)」と言うようになりました。
「私も欲しい」「私もやる〜!」「私にちょうだい」などなど。
絵本や私、保育園から覚えたのかな?
発達的には1人称を使うようになるのは2歳後半から3歳で、自我がしっかりと確立したことをしめすと言われています。
自分のことを「わたし」と言うコトちゃんを見ていると、子供が子供でいる期間って本当に短いんだなぁと・・寂しくなるママでした。

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会話も日常生活レベルであれば、私たちとかなり対等に話すことができるようになりました。
今日の買い物の帰りの車中の会話。もうすぐ家に着くころ。
ママ「あー!オムツ買ってくるの忘れた〜。しまった〜」
コトちゃん「オムツ家にまだあるから、買わんでいいわ。(買わなくてもいい)。もう、家につくよ」
ママ「まだあるけど、もうすぐなくなっちゃうよ」
コトちゃん「あ〜そうか。じゃあ、新しいオムツ買いに行こう」

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暑い季節は我が家のマンションは蜘蛛がたくさんでます。
ベランダで洗濯を干しているときに、天井を見ると蜘蛛が。
コトちゃん「ママ、なんかいるよ〜!あれ、なあに?」
ママ「蜘蛛(くも)だよ」
コトちゃん「ふーん、蜘蛛(くも)かぁ〜〜」
と言って、しばし蜘蛛をじっと観察。
私が洗濯物で忙しくしてバタバタしていて、ふとコトちゃんの方を見ると・・じーっと空を見ています。
コトちゃん「ママ〜、雲(くも)じゃないの?」と空の雲を指差しています。
ママ「あーそうか、お空の雲も雲(くも)だったね。一緒の名前だね」
コトちゃん「ふーーーん」と、あまり納得していない返事。。。

こうやって、ひとつの言葉の意味をちゃんと理解しようとして、その言葉の音(おと)と知っている言葉の音と意味を結びつけることができるようになっているんですよね。
なんか、ちょっと感激したママでした。
そして、子供のとき、自分も同じ音で違う意味の言葉を並べて、遊んでいたのを思い出しました。
| 発達をまなぶ | 00:12 | comments(3) | trackbacks(0) |
素晴らしき2歳児
2歳まっただなかのコトちゃん。

コトちゃんからみた世界は、すべてのモノに生命があり、しゃべりかけ、微笑みかけてくれているようです。
お散歩にでても
「アリさん、こんにちは。ごっつんこしてるね」
「雲さん、こんにちは」
「お花さん、きれいだね。」
「ワンちゃん、一緒にお散歩しよう」
「ひこうき ばいばい」

夜寝るときも
「こっちゃん、もう寝る時間だよ。おやすみ。」
「ママは?」
「ママもねんね。」
「もかちゃん(犬)は?」
「もかちゃんもねんね」
「電気は?」
「電気さんもねんね」
「とけいは?」
「とけいさんもねんね」
「タオルは?」
「タオルさんもねんね」
「おやすみなさい」

絵本の中に登場する人や、動物、景色などはすべて
コトちゃんに語りかけてくれています。
なので、コトちゃんも一生懸命お話しています。

時計やコップ、服やタオル、家にあるすべてモノがニコニコと語りかけてくれる世界。
犬や人形と、心をかよわせ、お話できる世界。
想像すると、本当に素敵。

100%自分が真ん中で生きている2歳児。
何でも自分がいちばん。
自分がいちばん可愛くて。
自分がいちばん優しくて。
自分がいちばんおりこうで。
自分がいちばん愛されている。
そんな図々しいほど自分が大好きな2歳児。
生涯の中で、こんなふうに生きていられる時間って本当にわずか。

「ママ、ピンして」(最近自分の髪をピンでとめたり、ゴムでしばったりするのが好き)
「鏡で見てくるね」
鏡の前に立ち、ニマニマ、ニコニコ、いろんな顔を作っては大満足のコトちゃん。
「ママ、かわいいでしょ?」

「コトちゃんのパン、ママにも半分ちょうだい」
「いいよ〜。」と本当にちょこっとだけちぎって、小さな小さなパンを私にくれるコトちゃん。
「ママ、こっちゃん優しいでしょ?」と満面の笑顔。

自分が大好きになれる心が、きっとこれから人を愛せる源になる。
愛の真ん中を何も疑わず歩いている2歳児。
本当に素敵。

思いやりの心が芽ばえ、それを表現できるようになる2歳児。
誰かが痛いと言えば、心配顔でやってきて、「よしよし」となでて、痛いの痛いのとんでいけ〜を何度もやってくれる。
誰かが泣いていれば、「だいじょうぶだよ。ママがくるからね。泣いちゃいかんよ」と励ますことができる。
街ですれ違った知らない誰かでさえ、泣いていれば心配する。
そんな心から溢れるほどの優しさを、人にも向けることができるようになる2歳児。
そんなコトちゃんに、ママは何度も助けられ、励まされている。

2歳児育児って楽しい。
2歳児って素晴らしい。
| 発達をまなぶ | 14:03 | comments(2) | trackbacks(0) |
泥んこ遊び&水遊び〜感覚統合
6月にはいってからは、保育園では、ほとんど毎日泥んこ遊びです。
毎日泥んこセット(Tシャツ、短パン、タオル)を持たせ、それが毎日茶色になって帰ってくるのが、私たち親の楽しみでもあります。
子どもが、どれだけ楽しんで保育園で遊んでいるか、その茶色の服を見るとよく分かります。

泥んこ遊びは、乳幼児の子どもの発達にはかかせない遊びの代表的なものです。
専門用語で言うと、感覚統合をうながす遊びと言います。
泥んこ遊びをはじめ、水遊び・粘土遊び・砂遊び・紙遊びなどなど。
5感(味覚・嗅覚・視覚・聴覚・触覚・動く感覚・重力・姿勢)をフルに使うことができ、出来るだけ形がなく自分で自由自在に変えることができる遊びのことです。

****感覚統合とは*****
私たちは何気なく、何かを触って、匂いをかいで、聞いて、見て、味わって・・それを情報処理して、自分の身体をコントロールして動くことができますが、それは自然にできているようで、とても複雑で難しいことなのです。
皮膚というのは、自分とその他のものの境界線です。
体のどの部分がどういう風に動くか、気持ちよく感じるものはなにか、痛かったり不快に感じるものはなにかを知る事があとになって 無意識に体を操縦するときに必要です。そういうことを「体の地図づくり」と言ったりします。
もっと月齢があがれば、もっと複雑な感覚統合をしていきますが、コトちゃんくらいの子供たちは、まずはこのことがとても大切です。
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保育園では、バケツの中に泥んこをつめて、それでお団子をつくったり、ホットケーキを作ったり、そのバケツの中にはいって、泥んこお風呂を楽しんだり、泥んこの運動場に寝転んだり、ワニさんをしたり、さらにそこにホースで水をまき、シャワーの雨だ〜〜!と走り回ったり・・それはそれは体全体で泥んこを楽しんでいます。

敏感なコトちゃんは去年も泥んこをしているのに、今年は1ヶ月たって、やっと泥んこ遊びに慣れたようで、それまでは遠巻きに見ていたり、お団子を作って終ることが多かったようです。
砂遊びは大好きなのに、泥んこになるとしり込みする。。。
それだけ子どもにとって、あの泥の感覚ってショッキングな体験なんでしょうね。
分かる気がします。
先生がいろいろ工夫して誘導してくださり、最近はみんなと一緒にはりきって遊べるようになっています。
そうなると、持ち帰ってくる泥んこセットの洋服の茶色加減がすごくなってきました〜(笑)
いいことです!

保育園だとこんなに豊かな遊びができるけれど、これを個人でやろうとすると大変ですよね。
仕事で児童館に出かけたときに、泥んこ遊びのよさや、具体的に泥んこ遊びの仕方を説明すると、みんな絶句。。というか「えーーーー!泥んこ?!!」という反応です。
小さい子ならともかく、3歳児でも、泥んこはさせたことがないという人がほとんどでした。
これから、保育園や公立幼稚園にはいれば、泥んこを経験できますが、我が市の中でも、とある私立幼稚園などにはいれば、お勉強や楽器演奏、体操の授業などが忙しく、泥んこ遊びを体験しないまま小学生になってしまうのです。

これはとっても深刻な問題だと私たちは捉えています。
事実、感覚統合ができていないと思われる子供たちが増え、それが原因のひとつだと思われる悲しい事件や、学校や社会不適応になるケースが増えていますよね。

乳幼児の時期は、とてもとても大切な発達・発育の時期です。
今しか獲得できないものがたくさんあります。
今、獲得しなくては、後々気付いて努力しても取り戻せないものがあるのです。
ぜひ、そのことをもっと真剣に考えもらいたいと思います。
今しなくても、後々学べる事は、もっと後にしませんか?
太くしなやかな土台が出来ているからこそ、知識や学びは生きるために役立つのです。
どうか、その順番を間違えないでほしいです。

今日からコトちゃんが待ち望んでいた?プールが始まりました。
これから、天気が悪くない限りは、毎日プールです。
コトちゃんは、先生たちがプールの用意をしているのを見つけると、目をキラキラさせて部屋へ戻り、いつもよりスピードで着替えをすませ、自分からプールへザブン!
これから、コトちゃんは保育園に行くのがいつも以上に楽しみになりそうです。
| 発達をまなぶ | 18:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
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